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八島高明の〔占いと運命の教室〕(初歩編)7


幸福が続かない理由は、潜在意識の中にある

 

 

 


自然界には循環の法則がある

 

運命も自然の一部である大自然界のもつ有機的なシステム、その秩序はおどろくほど精妙に組み立てられています。たとえば、規則正しい自然界の周期リズム。

毎日のように太陽は東から昇り、また西に沈みます。それによって生じる昼と夜は、この世界に生きる生物たちに「活動期」と「休息期」を交互に与えます。

「動」と「静」のリズムです。また、地球の公転運動によって生じる春夏秋冬の季節は、一年ごとの規則正しい周期を作り出し、生物に生活のリズムを与えます。春になり、その活動を始める生物は、夏頃にその盛極を向かえた後、再び秋から冬にかけて休息期へと向かいます。

 

こうした自然界のリズムは、人間が想像すら出来ない遥か太古より続けられてきたことでしょう。そして私達が目にする日常のこうした光景は、ただ「自然界の摂理」というだけではなく、そのほとんどが人知では捉えることができないほど、精妙な原理によってできていると考えられます。それと同様に、目に見えない人間の運命も自然界の精妙な原理によって組み立てられています。運命も自然界の法則によって、規則正しくその動きを与えられているのです。

 



 

人間の運命にも循環する法則がある

 

人間の大きな運命の「周期」は、規則正しく自然の法則にしたがって巡っています。これは大自然の中で動く季節、あるいは昼夜のリズムと同様な「循環律」といえるでしょう。こうした自然の摂理をみるとき、人間もやはり大自然の一部分であり、人はその中で生かされている存在であることに気づくのです。人間の運命の中にさえも、このような自然界の循環法則が関係していることは、本当に不思議なことと言わねばなりません。

 

たとえば、現代のようなめまぐるしく変化する社会では、このような運命の循環法則を短期間で観察することができます。以前は隆盛を誇っていた人物が運命の冬に遭遇し、あっという間に凋落していく姿をみるとき、運命の法則の過酷さを思わずに入られません。ある著名な芸能人は若い時期に名声を博しましが、その後は不安定な周期に入り、やることなすこと失敗続きでついには芸能界から消え去っていきました。

また、近年のある著名な政治家は持ち前の行動力とバイタリティーを使い、政治家の秘書から衆院議員まで出世を果たしましたが、その後の運命の変化によって、つまり、彼の激しやすい感情的な性格が露骨に出てしまい、ついには世間の反感を買って落選の憂き目に会いました。そしてその後は政界から消え去っていったのです。

 

彼の運命を分析しますと、彼の短所でもある激しやすい性格が良い周期の好調さに支えられて緩和していましたが、いわゆる「運命の冬」が巡ることによって、彼の露骨な本性が隠せなくなり、ついにはそれまでの悪事がすべて暴露されて引退を余儀なくされたのです。

 



 

人間の運命は四季のようなもの

 

人間の運命は四季と似ているさて、人間に変化する運命、つまり「循環の原理」がある以上、人間はいつでも平穏に幸福に暮らしていくのはとても難しいことと言えます。

人の運命には時間という単位で変化する「小さな運」から、大きくは「数十年間」という大きなサイクルの「大きな運」があり、人の運命を目まぐるしく変化させていきます。

ですから、人生全体の中には必ず調子の良い幸福な時期と、あらゆるものの調子が崩れる、大変苦しい時期があることになります。10年間で変化する大きな周期は、きっちりと法則どおりに10年という単位で循環し変化していきます。

それはただ四季のように、必ずしも良い時期と悪い時期を交互に繰り返すというものではありません。具体的には良い時期が20年間つづいた後、その後は厳しい時期が10年間続く、というようなものです。そしてその後の10年間はどちらでもない普通の時期といった感じでしょう。

 

これらの「運」の変化は、大自然の法則(天体の運動法則)に従って、一生涯にわたり続いていくものです。いかなる人物であれ、人間である以上はこうした「運命の法則」から逃れることはできません。その運命パターンの構成は、人によって様々といえるでしょう。

たとえば、ある人は数十年間も悪い時期(心理構造の不調和期)に悩まされるかもしれません。また、ある人は数十年間も良い時期(心理構造の安定期)に恵まれるでしょう。ただ、どんな人であっても一生涯にわたって、ずっと同じ時期が続くということはけっしてないのです。ですから、人の生涯の中には非常に苦しい時期がありますし、また、その反対に非常に快適な楽しい時期もあるのです。あるいは、その中間のどちらでもない普通の時期というのもあるでしょう。

 



 

運命は自分の意志と知恵で変えられる

 

では、こうした時期にはどうすればよいのでしょうか。私たち人間には何の為すすべもないのでしょうか。ただ、運命に流されていれば良いのでしょうか。いや、必ずしもそうではありません。人間に知恵というものがあります。その知恵をうまく使えば、こうした時期も柔軟に乗り越えていくことができるのです。

 

たとえば、こうした事例がありました。彼はいわゆる世間で言うところの実業家であり、不動産会社を営んでいました。その会社は彼の生真面目な性格から、近年では従業員を数十人使うまで成長し、業績も年々少しずつ伸ばしてきました。

しかし、日本中を襲ったバブル景気の後遺症は、例外なく彼の会社にも押し寄せてきました。彼は生来の堅実な性格から、浮かれたバブル期も世間に踊らされることなく、地道で堅実な道を選択してきました。ただ、不況の波はそんな彼にも容赦なしに襲いかかってきます。相談に訪れたのはその数年後、会社に倒産の話が浮かび上がってきた時期でした。


「何とかする方法はありませんか。もう苦しくて限界です・・・。」

 

彼は憔悴しきった表情で淡々と語りました。私のところに来るほとんどの人が、我慢に我慢を重ねてからやってきます。ですから、時には手のうち用がないほど、ひどい状況に陥っている人もいるのです。彼はそうしたギリギリの線にいました。

 

「わかりました。現在の状況から回避する方法を知りたいわけですね。少し考えてみましょう。」

私はそう言ったものの、安易に結論が下せるほど単純な問題ではありません。それは最初からわかりきっていることです。しかし、彼のそのときの状況は予断を許さない状況にありました。彼の運命を分析すると数年前より厳しい状況、いわゆる「運命の冬」に入っていました。問題はその後です。そのいわゆる冬の時期が数年間で終われば、何とかその問題をクリアできるでしょう。しかし、彼の運命の周期はあと十年近くもこうした状況が続くと予想されたのです。

 

そのときの彼の状況は、わずか数年間で会社が傾くほど厳しい状況にあるわけです。あと10年間も彼の会社が持つわけがありません。それがわかれば、下される結論は一つしかありません。私は心を鬼にして言いました。

「今後も今の厳しい状況が続くことが予想されます。方法は一つしかありません。今すぐに会社を整理してください」

彼は一瞬、愕然とした表情をしました。それはそうです。約二十年近く続けてきた愛着のある会社ですから、それも無理もないことでしょう。しかし、その二十年間という時期は、彼にとっていわゆる「春」「夏」の時期にあたっていました。そして今はその好調な時期が過ぎ去り、そのときは「晩秋」から「冬」に入る時期にいました。これから冬の時期が一定期間めぐるわけですから、どうしてもその「冬」に備えた準備をしなければなりません。もしそれを怠れば、彼はその「冬」の途中で息尽きてしまうことでしょう。

 



 

冷静な判断が人生の明暗を分ける

 

状況の判断が運命を変える自然界は妥協を許しません。それと同様に「運命の世界」も人に妥協を許さないのです。人間にできることはただ一つ、その自然界のサイクルを熟知し、それに沿うようにして生きることなのです。それが人間の「知恵」というものでしょう。

彼の事例で言えば、あと10年間もこうした時期が確実に続くと予想されるわけですから、それに対処する方法を講じればよいわけです。そのときの彼の置かれた状況を考えてみます。その時期はバブルがはじけた時期にあたり、社会全体が厳しい状況にありました。

また社会の高齢化に伴う人口の減少がそれに追い討ちをかけ、不動産的な職業が今後も長い期間にわたり下火になっていくことが予想されます。

 

さらに彼の運命の周期は彼の判断能力を硬化させ、一時的に感性を鈍化させています。このような状況が、わずか数年間で彼の会社の経営を一気に悪化させたのです。そのときの状況を総合的に判断して下される選択肢は一つ、経営を放棄するという方法しかありませんでした。

 

「わかりました。もうしばらく考えて見ます・・・。」

彼は沈みこんだ表情で語りました。長年愛着のある会社をそう簡単に手放すわけにはいかなかったのでしょう。彼はその後もしばらく経営を続けていましたが、経営は回復しませんでした。彼の周囲には倒産の噂話が持ち上がり、ますます経営は悪化していきました。彼が私のところを再び訪れたのは、そんな時期でした。

 

「ここで決断を下さないと、後で大変なことになりますよ。」

これは脅しなどではありません。その時期は実際に、会社を倒産させた実業家の自殺や殺人が相次いでいました。彼はまだ渋っていましたが、状況が今後も当分は変わらないことをようやく悟ったようです。

「わかりました。やはり会社はもう諦めます。まだ余生がありますから・・・。」

実業家で生きてきた人にとって、会社とはわが子のような存在でもあるでしょう。

それを放棄するということは何よりも苦痛でしょう。でも、考えてみてください。会社とは彼の人生の一部であり、彼自身ではないはずです。会社がなくなっても彼は存在するのです。それは人生の一ステージでしかありません。そのステージが終われば、次のステージが待っているのです。ひょっとすれば次のステージのほうが、より素晴らしいものに成るかもしれないのです。苦渋の決断が結果的によい方向に向かわすこともあるのです。

 

結局、彼は会社の経営を諦めました。そして彼にはそれまでの蓄積した財産がありましから、それで借金をすべて清算し、彼の重荷になっていた会社の重責から開放されました。彼は今、田舎でのんびりと野菜を作りながら暮らしています。彼は自分の運命を知ることで、過酷な運命を変えたという事例に相当するでしょう。もし、彼がその時期に自分の運命を知らず、そのまま突っ走っていたら彼はどうなっていたのでしょうか。実業家といわれる人の多くはかなり自我意識の強い人ばかりです。ですから、苦しくなってくると余計に頑張る人が多いのです。ただ、それは行く先の知れない「暴走列車」に乗って走っているようなものです。

 

幸いにもレールがきちんとしていれば、何とか駅にたどり着けることでしょう。しかし、そんな人は稀なのです。これまで見てきた実業家の多くが、実際にレールを外れて脱線していったのです。歴史に「もし」は禁句ですが、もし彼らが自分の運命というものを知っていたら、彼らは自分の運命を変えられたのかもしれません。

 



 

運命分析は占いではなく、人生のレーダーとなる

 

運命を知ると生き易くなる運命分析はいわゆる「占い」ではないのです。それは高性能の気象レーダーにたとえる事もできるでしょう。

黒い雨雲を含んだ危険な低気圧が近づくことがわかれば、先にその対策を施すことができるでしょう。そしてそれが過ぎ去り、安定した天気をもたらす高気圧が近づいてから、再び行動を開始すればよいのです。

人間はその自然界の「天気」じたいを変えることはできません。でも知恵を使い、それを事前に予測することで、それに相応した柔軟な生き方が可能になるのです。

運命の世界もそれと同じことでしょう。危険な運命を事前に知れば、それを回避する方策を立てることが可能になるのです。

実業家の彼は自分の運命を正しく知ることで、破滅へと向かっていた列車の軌道を安全な方向に修復し、危うい運命を見事に回避させました。こうした事例は他にもたくさんあります。運命の青写真を正しく知り、それに柔軟に対処していくことで、運命を良き安定したものへと向かわせることができるのです。

 



 

人間の心理構造のなかに運命の設計図がある

 

人の運命パターンの「設計」そのもの、つまり運命の「構造」じたいが、自然界の四季のような季節の循環する法則を最初から含んでいるのです。ですから、誰にも陽気な春の運気のような状況があれば、その反対の陰気な冬のような運気も必ずめぐり来るものであることを知ってください。

それは大自然の四季と同じような、循環する自然の法則といえるものです。人は誰でも過ごしやすい春や夏を好み、その対極にある厳しい冬を嫌うでしょう。それは生命の身体リズムに照らせば、当然の理でもあるでしょう。

 

ただ、大自然においては必ず厳しい冬が巡り来ます。この事実をいったいどのようにして解釈すればよいのでしょうか。私がこういうことを考えるのは、人の運命の中にも厳しい冬の時期が必ず存在するからに他なりません。何ゆえ、人間の運命の中に厳しい時期が存在するのか。誰でも厳しさを嫌います。そしてその苦しさから少しでも逃れようともがきます。できれば、こういう厳しく辛い時期は、自分の運命には巡って欲しくないと願うことでしょう。それにも関わらず、それは誰にでも巡って来るのです。

 

運命の冬の時期に入ると、思うことや考えること、あるいは自分の為す事が、なかなかうまく行かないものです。「仕事がなかなか軌道に乗らない」「人間関係でしっくりこない」「体調が思わしくない」「心がなぜか落ち着かない」という、不調和な心理現象が実際に生じてくるのです。

運命の法則に照らせば、こういう時期は誰にでもやってきます。幸いにも「私は今までこういう時期がなかった」という人でさえも、これから先のことは分かりません。なぜなら、「運命」の循環律に従えば、こうした「苦境の時期」というのは、いずれ必ず巡ってくるものだからです。

 



 

苦しみの中にこそ発展の力が眠っている

 

では、こうした運命の冬の時期に、人の運命の中においては、いったい何が起きているのでしょうか。こういう時期はどのような人であっても、これまでのように悠長には暮らせません。運命の冬はその境遇やその渦中にある人に、相当の苦痛と努力を強いるものです。

人はその中で懸命にもがくことでしょう。そして大いに苦しむことでしょう。そして多くの人はその運命的な重圧を跳ね返すべく、強い「意志」を発揮して、自らの環境を変えようと努力することでしょう。つまり、運命に立ち向かって孤軍奮闘します。

 

その時期はたしかに大いなる「苦しみの時期」といえるものでしょう。でも、このような時期に人の運命の中においては、かけがえのない大きな何かが成長しているのです。それは運命の荒波を乗り越える「意志」に他なりません。生命進化の大動因とも言える「意志」が、その逆境の中で強くなっているのです。

 



 

万物は進化の過程にある、人間も例外ではない

 

新化の中にすべての運命の意味があるこの創造された世界は全てが「進化していく過程」にあります。創造された宇宙は万物を進化させていくからです。それは宇宙の意志であり、また、その中で生きるものたちの意志でもあるでしょう。私たちは日常的に、この意志の存在を自覚することはありません。

それでも全ての生命は意志を持ち、それによって自己の「進化」を遂げているのです。そしてこの「意志」の力は、自らが苦しい環境にあるときに、その本領を大いに発揮して成長していくのです。

 

運命の中に現れてくる様々な苦境は、私たちの眠れる「意志」を根底から鍛え直し、少しずつ強靭なものにしていきます。あなたが「苦しみの時期」にあればあるほど、目に見えない心理の次元において、あなたの「意志」は強靭なものへと変貌しているのです。それは未来における進化のバネの役割を果たすことでしょう。こうした苦境の時期に培った「意志」は、決して損なわれることはありません。現在の「苦しみの時期」が終われば、また、必ずや「幸福な時期」もやってくるものです。

 

その「幸福期」における満ち足りた充実感も、実は、過去の「苦境の時期」に経験してきたことが大きなベースになっているものです。それを意識しようがしまいが、それは確かにあなたの「潜在的な心の中」で成長しているのです。そして試練の時期が苦しければ苦しいほど、その反動としての「幸福期」の「幸福感」というものは、大きくなっていくことでしょう。

 

これらは全て「相対的」なものだといえます。本当の「飢餓」を経験した事のある人にとって、一杯のスープは「最高の味」となります。それと同じ事なのです。人は大きな試練を乗り越えることによって、より大きな認識を得ることができます。そして、より大きく生命としての成長を遂げることができるのです。大自然のリズムである「四季」は、自然界に生きる生物たちを、より強く逞しく成長させる一つの機会を与えています。もし、この自然界のリズムがなければ、生物はその進化を止めてしまうことでしょう。

 

厳しさのない世界では「意志」の働きが顕現できないからです。それと同様に、人間の「運命」に中にも厳しい周期がなく、いつも平穏無事な期間だけが続けば、どうなるでしょうか。おそらく、その人は平穏すぎる運命なかで大きな認識(気づき)を得ることはできないでしょう。また、大きく成長していくことも不可能でしょう。それは眠れる「意志」が刺激されない、つまり、この世界に「顕現」できないからです。

 



 

展開していく意志がすべてを変える

 

誰でも心の奥底に偉大な「意志」を湛えています。でも、その「意志」は眠りこけていて、ほとんど使われていないように見えます。人間の中でその偉大な「意志」を開発した人は、ほんの一部だけでしょう。たとえば歴史上に現れた英雄、学問や芸術の世界で輝かしい業績を残した偉大な人物たち、彼らはその偉大な「意志」を顕現した人だともいえるでしょう。

ただ、私たちも彼らと同様に潜在的な資質として、同じ「意志」の力は持っているのです。ただ、その「意志」の力が眠りこけている、あるいは開発されていない、というだけにすぎません。過酷な運命における苦しい時期というのは、たしかに嫌なものでしょう。しかし、そうした環境こそが人間の「生命力」を鍛え、意志を拡大し、その認識を広げていくのです。

 

進化という途轍もなく巨大なうねりの中で、人は生きています。そして人は、自己の小さな世界に安住することなく、より大きな世界と関っていかねばなりません。そして「現実的な苦しみ」こそが、その過程を大いに早めてくれるものです。「苦境」は進化の原動力となり、人を成長させていくものです。その辛い時期が過ぎれば、人は自分が大きく成長したことに気づくでしょう。そしてそれまで見えなかった、新たなビジョンが見えてくることでしょう。

 

新しい世界が彼の眼前に開けます。それは彼の努力の成果でしょう。その時に「私は何もしなかった」と言う人でさえも、その苦しい時期を耐えぬいたことは、結果的に彼の「意志」を強靭なものにしたのです。人間の運命とは、けっして残酷なものではありません。全てが人間としての「学びの過程」にあるのです。試練の時期にこそ、あなたが大きく成長していることを忘れてはならないでしょう。

〔八島高明・文〕



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