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八島高明の〔占いと運命の教室〕(初歩編)5

八島高明の〔占いと運命の教室〕 (基礎・初歩編) NO 5


家族の運命がシンクロする不思議な法則がある

 


 

誰でも襲う家族の突然の変化とは?

 

家族にはどんな意味があるのか家族−それはどんな人にとってもかけがえのないもの。家族が一番の宝物という人もいます。ただ、ときには家族こそが最大の悩みとなることもあるでしょう。人間というものは運が良いときは周りの人とも親密になり、また、何をやってもとんとん拍子にうまく行きます。

でも、その反対に運が悪くなると、不思議なことに自分ばかりか、家族や親戚の人までが一斉にツキがなくなり、運に見放されたような状態になることがあります。

 

これはたとえ話ですが、最初のそのきっかけはお祖母ちゃんの病死から始まりました。次に子供が交通事故に合いました。次にご主人が会社をリストラされて病気気味となり、さらに親戚の人までもが大きな災難にあった。あなたはこのような話を聞いたことがないでしょうか。あなたの身近にもこういう体験をしているか、あるいは過去に体験したとか、そういう方がいると思います。

ふつう、こういう状況になれば、誰でもその苦しさの原因を探ろうとして必死になるもの。ある人は信仰宗教の門を叩きます。またある人は先祖崇拝に走るでしょう。精神力の弱い人であれば、自殺すら考えるかもしれません。その背景には、「何とかこの状況から逃れたい」「苦しみから救われたい」という気持ちで一杯なのです。



 

運命分析でみる家族の突然の変化

 

今まで信仰心のまるでなかった人が、周りの人が驚くほどの熱心な信者になったり、あるいは怪しげな占いなどにのめりこんだり、あるいは霊能者のところを駆けずり回ったりするのは、このようなきっかけから実際に始まっていくのです。運命の研究をしていると、このような家族の話をよく聞きます。ですから、こうしたことは必ずしも特殊な例ではないと言えるでしょう。以前、運命分析にもこのような例がありました。

 

「先生、どうして私たちの家族だけがこんな苦労をするのでしょうか?世間はみな楽しく暮らしているというのに・・・」

 

相談に見えた方は、昔は家族で仲良く暮らしていたと言います。不幸が家族を襲ったのは、数年前の夏ごろからでした。ある日突然、息子が「ぼく、明日から学校に行かない」と言い出したのです。息子は学校の成績も優秀であり、それまでは学校も楽しく通っているように見えました。それはまさに「青天の霹靂」という感じでしょう。相談者である母親は、息子の突然の変貌振りに驚きました。その原因を探そうと学校にも相談しましたが、結局は、その原因となるものを見つけ出すことはできませんでした。

 

そうこうしているうちに、今度はご主人が会社を突然首になりました。世に言うリストラです。それもまったく突然のことであり、「生活の糧」を突然失った家族は、パニックに陥りました。それから夫婦間の激しい喧嘩、口論が毎日のように続きます。夫は「お前の教育が悪いから、息子は学校に行かないのだ」と言い張り、妻は次の仕事を探そうとしない夫に大きな不満を抱きます。

夫はそれまでの仕事が評価されず、リストラという結果に大きく失望して、仕事をする気力を喪失したのです。夫は「燃え尽きた紙くず」のようになり、仕事に対する興味をまったく失ったのでした。仕事をしなければ明日のご飯が食べられないことは、夫にもわかっています。しかし、彼は一種の「燃え尽き症候群」のような状態に陥り、軽度のうつ的な症状が現れていました。

 






 

家族の不幸は同時にシンクロして起きる

 

家族の運命とは?「私たちの運命はどうなっているのでしょうか。何が悪いのでしょうか」

相談者の女性は必死でした。家族の運命には、たしかに何かの暗雲が覆っているようです。私は彼女を含めて、家族全員の運命を分析してみました。

家族の運命は数年前にたしかに変化していました。長男は「心理分析」ではとても几帳面な性格であることがわかります。突然、何かの問題ごとを引き起こすようなタイプではありません。

しかし、彼のような几帳面な人ほど感情的な怒りや不安などを抑圧しやすい傾向があるのです。彼は両親の期待を一身に背負い、友人とも遊ばず、好きなテレビも我慢して一心不乱に勉強してきました。彼の「運命周期」が安定し、心理状態のバランスが良ければ、当分はその状態を続けることができたでしょう。

 

でも、時間の流れは彼の周期を変化させ、彼の抑圧されたいわゆる「本心」を解放したのです。彼はある時期を境に、これまで10年近く溜め込んだ勉強に対するストレスを、一挙に解放させたのです。それまで虐げられてきた「無意識」の爆発は凄まじく、彼のいわゆる「理性的な学校生活」を、一瞬のうちに吹き飛ばしました。私は相談者の母親に、こうした彼の運命的な背景があることを伝えました。

 

「そうですか。親の過度な期待が彼を追い込んでいたのですね・・・」

 

母親は涙ぐみながら静かに言いました。やはり、どこか思い当たる節があるのでしょうか。その目にはたしかに後悔の念が感じ取れました。次に「失業」という不本意の結果を招いた彼女の夫のほうを見てみます。夫は非常に律儀で真面目な人のようです。仕事にも非常に熱心であり、安易な妥協を許さずに熱意を持って仕事に取り組むタイプです。彼も息子も遺伝の影響なのか、そっくり似たような性格を持つ親子です。

 

彼は職場では課長という要職にあり、部下に檄を飛ばしながら仕事を進めてきたようです。自分としては熱意を持って取り組んでいますから、当然、職場では評価されると考えていました。ところがそれは彼の思い込みであり、直属の上司は彼のことを疎ましく思っていたようです。

どこかに上司のジェラシーがあったのかもしれません。その結果、彼は会社の「業績不振」という名目で突然解雇されたのです。目標を突然失った人は、同時に生きがいも喪失するものです。彼も生きがいを喪失し、さらに人間不信に陥りました。

以前は仲のよかった妻との会話もなくなり、家族の仲はますます冷えていきました。

 

「これは何か、先祖か何かの祟りでしょうか?」

昨今のテレビの影響からなのか、みな同じような発想法をします。しかし、それがいわゆる「先祖の祟り」などであれば、私がここにおいてこうした「予測」と「分析」を立てることはできないでしょう。こうした家族の運命を詳細に分析しますと、現状のそうした流れは、たしかに以前から予測できるものです。それは長男の運命、あるいは夫の運命、さらに妻であるその女性の運命にも、そこには何か「意味のある運命」の流れが、たしかにそこには介在しているものと考えざるを得ません。

 


 

家族の運命には他人に見えない因果がある

 

家族の運命には因果の法則がある家族の運命はとても複雑です。そこには他人が知ることのできない「何か」があります。それはいわゆる「悪霊」や「先祖の祟り」などではありません。また「風水」や「家相」が悪いからでもありません。それらはすべて「枝末的な要素」なのです。

要するには、本質的な原因ではないのです。こうしたことは運命分析学の手法に熟達する過程で、すべて明らかになることでしょう。家族の運命というものが「シンクロして発生する」という運命の法則を知れば、こうした家族の変化は不思議なことでも何でもないのです。

 

このような家族の運命的な状況は、基本的にはどの家族にも起きうる現象でしょう。「自分の家族だけは何も起きない」とは、誰にも言えません。実際に、このような家族の不思議な現象というのは数多く発生しています。そうした事実から、それはどの家族にも起こりえる一般的な現象だと言えるでしょう。

昔から「一寸先は闇」とよく言います。この言葉は、人間のこうした運命の変化をたとえる言葉でもあるでしょう。誰でも明日の運命というのはわかりません。昨日まで元気であった人が、ある日突然「大事故」にあったり、あるいは思いもよらない「病気」「事件」で亡くなったりすることもあります。

 

人はそういう現象に出会ったとき、「運命は恐ろしいもの」と実感することでしょう。それが我が身やわが家族に降りかかり、家族全員の大きな混乱となれば、どんな強靭な人であっても運命というものについて深く考えることになるでしょう。運命の世界で生じることは、ただの偶然では片付けられない奥深さがあります。私の運命研究からも、こうした家族の不思議な事例が多くみられるのです。

 

家族の運命がシンクロしていく現象は、実際に幾度となく見てきました。ですから、そうした運命の法則があることを、まずは想定しなければなりません。では、こうした家族の運命は、いったいどのようにして起きるのでしょうか。運命の研究をしている人の中にはこうした事実に気づいている人がいます。不思議なことに、人間の運命パターンは個人だけではなく、家族の場合は非常に似通った運命を持っているのです。

 

特に近親者である家族や親戚、あるいは親しい友人などの場合に、ほぼ似たような運命Pターンが出現します。たとえば、それは才能のタイプであったり、あるいは性格的なものであったり、あるいは気質的なものであったりします。これだけなら遺伝学的な面からも説明のつくところでしょう。ところが、近親者の場合はさらに「運命の周期的な流れ」も非常によく似ているのです。つまり、良い時期や悪い時期などが、ほぼ同じような時期に重なるのです。特に自分と関係の深い親・兄弟・子供、さらには血のつながりのない配偶者までも似たような運命が出現します。

 






 

家族の運命はシンクロして動くようになっている

 

家族は運命共同体だたとえば家族の一人が「良い運気」に入ったとしましょう。すると不思議なことに、他の家族の者までが同じ時期に「良い運気」に変化していくのです。またその反対に、家族の一人が「悪い運気」に入り、何らかの形の事件や事故、あるいは病気などの形になって現象化したとします。すると不思議なことに、他の家族までも似たような悪い現象がほぼ同時期に発生してくるのです。

 

こういう現象を心理学用語で「シンクロニシティー」と言いますが、家族の運命はまさにこのようにシンクロして動くのです。こうした運命のシンクロ現象を、単に偶然的なものと見る人もいることでしょう。しかし、偶然の確率を超えたレベルで、こうした不思議な現象が観察されるのです。

それは統計的な資料からも確実に実証できることでしょう。ですから、このような運命の不思議な現象があることはまったく疑えません。そうした運命の背後には、何らかの意図を持った「運命の本質的な原因」が秘められているのです。その本質的な原因を現象世界に探るのは無理でしょう。遺伝子を調べてもわかるものではありません。その本質は霊的な世界にあるからです。ただ、ここではこれ以上触れません。この問題はさらに深い人間のあり方とかかわっていくからです。

 


 

家族には運命を共有する深い意味がある

 

人間の運命的な構造そのものは、基本的に天体の運動で生じる「生年月日時」でほぼ基礎付けられている、と言っても過言ではないでしょう。それならば逆に「生年月日時」、つまり「生誕する瞬間」がある運命的な意図を持って「恣意的に決定されている」という結論に辿りつきます。そう考えるならば、こうした運命の不思議な現象をすべて合理的に、また矛盾なく説明できるのです。

そのことの詳細については長くなりますので、また別の機会に論じようと思いますが、この項の結論として「家族の運命はシンクロして動くもの」であり、それは「運命的な意図を持って、あらかじめ青写真のように組み立てられている」という結論に至ります。

 

運命にそのような「計画的な青図」があるならば、私たちは、もっと今の家族についての見直しが必要ではないでしょうか。家族が偶然の成り行きで作られたものではなく、たしかな運命的な意図の下に「組み立てられている」とすれば、それまでの偏見的な家族のあり方を見直さねばならないのです。家族の運命がシンクロするという現象―こうした実際の事例は、自分の家族の過去や現在の体験を顧みることによっても確認できます。

実際に大小の差はあれこそ、みなそうした似通った経験を持っているのではないでしょうか。私は家族について考えるとき、「家族とは同じ船に乗る船員」のようなものに例えられるといつも考えます。その船が嵐にあって遭難したとき、その船が座礁するのも、無事に港に辿りつくのも、そこにいる船員一人一人の努力にかかっているのです。

 

それと同じように家族が遭難しかけたとき、そうした家族の運命を本当に救えるのは宗教の教祖やご先祖様などではなく、そこにいる家族一人一人の努力にかかっている、と私は思うのです。家族が一致協力することに、何らかの運命的な意味があるのです。その深い意味は、私が理論的に導き出す安易な結論ではありません。その本当の意味は、そこにいる家族が自分たちの運命の中において見出していくものではないのでしょうか。

 

家族の苦しい時期は、何かと苦労の連続でもありますが、運命がただの偶然で生じるものではなく、家族の運命の中に深い意味を感じとるならば、こうした苦境の時期も一致協力して乗り越えていけることでしょう。家族とは個人を「育成してくれる場」であり、その意味では尊いものであり、そこで生まれる「深い絆」こそが、自分自身や家族を成長させるものであることを理解するならば、家族の苦しい運命の出口は、もうすぐそこに見えているのかもしれません。


〔八島高明・文〕




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