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八島高明の〔占いと運命の教室〕(初歩編)3

八島高明の〔占いと運命の教室〕 (基礎・初歩編) NO 3 


運命が生じる世界がわかれば、運命は変えられる

 

 

1 )運命を作りだしていたのは潜在意識だった

 


 

運命を作り出す化学工場がある

 

運命の秘密は潜在意識にある潜在意識とはいったい何でしょうか?それは脳のつくりだす幻覚のようなものでしょうか、それとも何らかの実体がどこかに存在するのでしょうか。さて、いずれにせよ、それはすべての運命学の根拠であると同時に、それは人間の運命を作り出す場であるという点が大切です。

一見複雑そうに見える人間の運命ですが、それが生じる世界というのは、実はこの潜在意識の中にあるのです。

では、この目に見えない次元でどのようなことが起きているのでしょうか。答えを簡潔にいうならば、この潜在意識の中において、様々な心理エネルギーが錯綜した結果として、この現象世界に現実のものとして生起してくるのが人の運命なのです。運命はときに自分の思い通りにはなりません。それはなぜなのか?それは自らの意識(平常の意識)とは異なる潜在意識がどこかにあり、それが独自の法則に沿って動いているからなのです。

 

運命とはもともと「自分の意志とは関係なく動くもの」という意味でした。運命は時には、人に対して充実した幸福な生活環境を与えたりもしますが、反対に苦しく辛い生活環境を与えたりすることもあります。良い運命にしても悪い運命にしても、人間の運命というのは自分の意識を超えたところで動いているわけです。このように実際に動く現実の運命の背後には潜在意識という存在があり、この潜在意識こそが運命にとって大変重要な役割を果たしているのです。

 

人間の運命とはまさに、この「潜在意識の内部で化合されて作られてくる」といっても過言ではありません。つまり潜在意識とは「運命の化学工場」なのです。そこでは様々な心理作用が渾然一体となって、大変複雑な意識世界を生じさせています。そして人は、その潜在的世界で起きていることを、実際に現実のものとして目の当たりにしていくのです。運命とは、まさにそこから作り出されていくのです。

 


 

運命の法則性を知ることで運命は変わる

 

四柱推命は潜在意識の構造と一致するでは、この運命にとって大変重要な存在である潜在意識の内部では、実際に何が生じているのか、あるいはそこでどのような原理が働いているのかをさらに考えてみましょう。

ちなみに私自身は、この潜在意識を最も正確に読み取る方法として、最も古い運命学の一つでもある占星術へと関心が行きました。たんに占星術といっても、西洋占星術からインド占星術、東洋占星術まで世界各地にいろいろとありますが、私は最もシンプルな形である東洋占星術(四柱推命)を好んで研究しています。

 

私はその中に潜在意識の構造を見出しましたが、その過程は楽なものでありませんでした。当初は自分の運命を読み解くための一つの手段でしかありませんでした。しかし、占星術の占断技術を覚え、実際にそれが人の未来を的確に当てていくことに大変驚いたのです。そのときに占星術の中に「人の運命を読み非常に重要な解く鍵」があることを直感しました。それが何なのかを追及して、暗中模索の中を現在まで研究し続けてきたのですが、ようやく現在に至ってその全体像が見えかけてきました。

 

今思えば、この占星術が私自身の感性に最もあう運命学であったのかもしれません。当初は他の多くの運命学も学びましたが、その中に鮮明な印象を覚えるものはあまりなかったのです。その結果たどりついたのがこの占星術でした。現代には数多くの運命学が存在していますが、その中でも最も現実的な感性を持ち、さらにある種独特のリアリティーを感じさせたのがこの占星術だったという訳です。ただ、この占星術には精密な技術がありましたが、それに見合うような体系的な理論がありませんでした。そこに大きな欠陥があったのです。

 




 

占星術の構造から運命の法則性が見えてくる

 

現在、この占星術という運命解読の技術には様々な流派があり、西洋占星術をその代表として、インド占星術から東洋占星術に至るまで、多くの占星術があるのは一般的に知られています。それぞれが全く同じシステムであるとは当然言えません。しかし、ここで重要なことは、そのいずれもが個人の「生年月日と生まれた時間、および生誕地」のデータを絶対要素として、個人の運命を予測する技術であるということ。

 

つまり、このことを逆に発想すれば、この占星術という運命学は人間の運命が「生まれた瞬間に決定されるもの」だと考えているのです。これは大変重要な主張です。それがこの占星術と呼ばれる運命学の最も基礎的な根幹理論とも言えるのです。こうした共通の根幹理論をとる限り、その占星術の呼称がどう言われているのであれ、「個人の生年月日時を使用して運命を解読していく運命学」は、全てこの占星術という分類に入いると私は考えています。

 


 

占星術の起源は人間の歴史ほど古い

 

占星術は人間の無意識と対応しているさて、恐ろしく大胆な説を主張するこの占星術の起源そのものは、非常に古いものであるといわれています。その源流は一般的に言われるように、古代バビロニアあたりだと推察されますが、実際にはもっと古い時代に遡るものと思われます。

現在の段階でその確かな断定というのはできません。おそらくは、人類が文字を使用できるようになった頃から存在したのかもしれません。ちなみに四柱推命の根幹になっている干支暦は、3000年以上前の遺跡から見つかっています。

 

占星術は大きな天体の周期観察を前提としますから、文字の存在が前提となるのです。最初の頃の占星術は、非常にシンプルなものであったのでしょう。それは現在のものとは全く比較にならない程度のものであったのかもしれません。また、知識というのは地域文化によって一様ではありませんので、その知識が育っていくには地域の特性や歴史というものがあり、そのなかにおいて少しずつ熟成されていきますから、その中で育成されてくるどんな知識や学も変貌を遂げてくるものであることは否定できません。

 

占星術もそれが使用される地域によって異なります。占星術も発展を見せるその過程において、その地域の歴史や文化の洗練を受けて、少しずつ変貌を遂げていったことは想像に難くありません。ですからそれを研究する場合、地域的な偏見や誤謬には十分に気をつけ、それらの瑣末的な差異に捉われないようにしなければならないのです。

現在、多様な広がりを見せるこれら占星術の流派も、その起源を辿ればおそらく同じものにいきつくはずです。現在の占星術は長い歴史や文化の影響を受け、現在のような個々のスタイルを確立していったのでしょう。研究の際には、常にそのことを念頭において検証にあたらねばならないのです。

 


 


2) 運命の「基礎原理」は呼吸のなかにある

 

 

「生誕の瞬間」に何が起きているのか?

 

呼吸の中に秘められた神秘では、占星術の主張する「生誕の瞬間」というものが、本当に人間の運命を定めるものであるとすれば、これを示す「生年月日時」である時間、また生まれた場所である「生誕地」というものは人間にとっていったい何を意味するのでしょうか。

常識的に考えれば、時間を表す指標(記号)にしかすぎない「生年月日時」が、なぜ人間の運命を定めることができるのでしょうか。多くの占星術は「人の運命が生まれた瞬間に決定する」ことをこれまで強く述べてきましたが、その原理そのものについては寡黙にして語りません。

 

それでは納得がいきませんので、私なりに考えた理論的な説明をしてみたいと思います。それを支える原理について私はこう考えています。生誕の瞬間に、赤ちゃんが行う最も大切な行為とは「呼吸」です。もし、生まれた瞬間に呼吸が始まらなければ、それは即、その生命の死を意味します。つまり、生まれた瞬間における「おぎゃー」という赤ちゃんの第一声がその最初の呼吸であり、それは新たな生命がまったく未知である「外の世界と接触する最初の機会」となります。

 


 

呼吸には秘められた神秘的な作用がある

 

それまでの赤子というのは、母親の胎内にあって無呼吸状態です。いわば、ある種のまどろみの中で過ごしています。その状態というのは母親と胎児が完全に渾然一体であって、母親の食べるものを吸収し、母親の感情の中に共感し、母親と行動を共にしています。常に母親と全てが一体であって、そこに個別の運命と呼べるものはまったく存在しません。要するに、それまでの段階においては「一つの運命」なのです。

 

しかし、胎児がこの世に出た瞬間に、その状況というのは一変します。つまり生誕の瞬間に母親と胎児は完全に隔絶されて、一個の独立した生命体として胎児は誕生するのです。それは新しい命の始まりであると同時に、「新たな運命の始まり」でもあると考えることができます。そしてその最初の生命作用というのは、まず「呼吸によって始まる」のです。

 

では、その最初の呼吸という動作によって、いったい何が起きているのでしょうか。その最初の呼吸によって赤ちゃんが取り入れているのは、現代科学的にみればただの空気であり、その成分は酸素や窒素ということになります。しかし、私から言わせればその見方というのは、かなり物質的な次元に傾斜した分析にしかすぎないのです。この空気の中には酸素や窒素以外にも、もっと重要なものが含まれていると考えられるのです。それは現在の科学ではまだ解明されていない「未知の生命エネルギー」です。


 

生命エネルギーの存在は古代から予感されていた

 

世界中の太古の宗教は、はるか昔にそのことを予見していました。人間がその生命エネルギーと呼吸によって関り、それによって生かされていることをヨーガや道教は述べています。古代インドの哲学によれば、こうした生命エネルギーのことをヒンズー語で「プラーナ」と呼び、中国の哲学では「気」と呼んで、万物の背後には不可視の生命エネルギーが実在していることを述べています。

 

その不可視の生命エネルギーは、人間や大自然の生命力そのものであるといわれます。生命を維持する重要な役割を担いながら、万物の進化に深くかかわっているといわれます。そして人間はこの生命エネルギーを呼吸によって取り入れており、それによって自己の生命を維持しているとも言われるのです。ヨーガではさまざまな呼吸法を体系化して瞑想の助けとしていますし、気功法でも呼吸法を重要視しています。呼吸には重要な働きが秘められていますが、そこに運命を解明する重大な糸口が存在していると考えられるのです。

 

                                      

 

 

 


 

 

3) 運命の始動する瞬間が未来を決める

 


 

最初の呼吸が運命の重要な鍵を握る

 

最初の呼吸が運命を方向付けるさて、呼吸の果たす役割が重要であることがわかってきました。では、人間の運命とこの呼吸の働きはどのように関っているのでしょうか。「運命は生誕の瞬間にほぼ決定される」という占星学の大前提を基礎とし、呼吸と運命との接点という点でこの考え方をさらに推し進めていくと、「生誕の瞬間における最初の呼吸の重要さ」にこの考え方のすべてが集約されてきます。

つまり、生誕してオギャーと泣く赤ちゃんの最初の呼吸によって、その赤ちゃんの運命が定まるということになるのです。それでは、なぜ最初の呼吸というものが重要になってくるのでしょうか。

 


 

潜在意識の心理構造を作り出す瞬間

 

最初の呼吸というのは、生まれでた胎児がこの生命エネルギーに直接触れる大変重要な瞬間だということを、まず考慮しなければなりません。それまでの胎児は母親の胎内にあって無呼吸状態です。ですから、この生命エネルギーには母親を通じてしか関っておりません。ところが生まれでた瞬間、まさに自らの自発的な最初の呼吸という行為によって、この生命エネルギーを直接体内に取りこむのです。それ以後は生命エネルギーに直接的に触れて生きていくのです。それは胎児の自発的な生命作用の始まりを意味しており、まさに胎児の運命が始動する瞬間だとも言えるのです。

 

では、この運命の始動というものが、どのようなプロセスで生じるのかをさらにみていきましょう。私はこれまでの自己の運命学研究の観点からこのような説を立てております。まず、生まれてすぐに胎児は最初の呼吸を始めます。その最初の呼吸と共に取り入れられた生命エネルギーは、酸素などと共に肺を経由して、さらに体内の奥深くにあると考えられる「潜在意識を構成する微細な次元」へと入っていきます。

 


 

「心理器官」という存在が運命を左右する

 

心理器官が運命を決める先に、人の運命を生みだしている潜在意識については少し説明を致しましたが、これはけっして空想的・観念的な存在などではなく、生きた実在の生命エネルギーで構成される、一種の「心理器官」だと考えられます。その潜在的な心理器官というのは、生誕する前には作用していません。つまり、ある種の休眠した状態にあるのです。

この世に生まれでた瞬間、つまり最初の呼吸によって体内に入ってきた生命エネルギーによって、潜在意識は刺激を受けて作動を始めます。それは同時に、個人の運命の始まりを告げるものでもあります。しかし、それが単に生命エネルギーと潜在意識の接触であれば、人の運命の違いが生じてくる理由にはなりません。それだけであれば、人間としての命の始まりを意味するだけのものになってしまいます。

 


 

生命エネルギーの質(パターン)は常に変化していた

 

この問題は、さらに次の重要なステップへと進みます。その潜在的な「心理器官」の中に流入してくるこの生命エネルギーの質には、個人ごとに大きな違いがあると考えねばならないのです。この生命エネルギーを決して単一な存在ではなく、時間の流れとともに常に変化していくエネルギーであると仮定すれば、それぞれの運命が違ってくる原因が無理なく説明できます。

 

つまり、この生命エネルギーの状態というのは、時々刻々と時間と一緒に変化して、ある種のパターンというものを作り出しているのです。その変化した気のパターンの状態を、生まれた瞬間に行う最初の呼吸によって「潜在意識に複写している」と、考えられるのです。その複写された生命エネルギーのパターンは、生涯変わらない個人の深層心理となって、潜在的な次元よりその人に大きな影響を与えていると思われるのです。このように仮定すれば、時間によって変化する運命と、潜在意識の関係が無理なく説明できます。

 

 

                            

 

 


 

 

4) 時間の中に運命の秘密が隠されている

 


 

「時間」の本質にあるものとは何か?

 

時間とは何か?では、この生命エネルギーに生じる変化とは一体何であるか、という次のテーマがさらに生じてきます。この問題は人間の運命だけではなく、自然界を含む全ての生命に関ってくる非常に重大な問題です。それに対する完全な結論を出せませんが、少なくとも人間の運命に関る部分的なところを、私なりの説明をしてみたいと思います。

 

この生命エネルギーが常に変化するものであり、単一的なものではないことを先にのべました。そう考えないかぎり、自然界の変化が生じる原因や人間の運命が生じてくる法則の解明ができないからです。私はこの生命エネルギー自体が、幾つかの微細な生命作用をもつ、元素状のものから成り立っていると考えています。生命作用をもつというのは、この元素がたんに水素や酸素のような化学的な元素ではなく、それ自体が活動をする生命体のようなものである、ということです。

 

この微細な生命元素はさらに数種類に分類されるでしょう。そしてその分類ごとに異なる性質をもち、それぞれがその性質に応じて機能していると考えられます。生命エネルギーの特性的な変化というのは、この微細な生命元素の変化によって生じます。そしてその生命元素の変化というのは、主に時間の運行に連動して起きていくのです。

 


 

「時間」の感覚を生み出すのは「天体の運動」である

 

現代人の多くが考えるように、時間とは単に暦を読むためのものや、日常生活の指標なのではありません。実際の時間というものは、地球を含む諸天体(惑星・恒星など)の運動によって生じてくるものです。それは同時に大自然の生命世界を動かす大要因にもなっているのではないでしょうか。生命エネルギーを構成しているこの微細な生命元素も、この天体の運動によって多きな影響を受け、時間と連動して常に変化していくと考えられるのです。

 

この生命元素というのは、潜在意識の中にある人間の心理器官を構成する要素にもなっているわけですから、当然ながら人間の運命をも変化させていくということにもなるわけです。これは生年月日時という時間が、人間の運命を定める重要なファクターになると考ている占星術の仮説を裏付ける理論となるのです。



 

「心理構造」が運命を展開させていく最大の要因である

 

心理構造と運命の関係とはここで大事なことは、最初に心理器官の中に流入した生命エネルギーの主要な元素の性質が、その人の生涯変わらない潜在的な心理構造というものを決定し、それがその人の気質や体質、性格、運命を形成していくという事実です。

このような説明が成立すれば、「運命が生まれた瞬間に定まる」という占星術の大前提は概ね正しいという結論に到達します。さて、人間の運命が生誕時にほぼ決まるという重要な法則がみえてきたように思えますが、もう一つここで大事なことを付け加えておきます。

 

それは生まれた瞬間に定まるこの潜在器官の心理構造というものは、一度決まってしまうと生涯変わることがないということです。言いかえれば、その個人の無意識内の心理的な構造というのは、生まれてすぐに「固定化されてしまう」と考えられるのです。

それは自分や他人の性格や気質というものが、一生を通じてさほど変化がなく、生涯変わらないということを考えても説明できると思います。それは最初ドロドロしていたコンクリートが徐々に冷えて固まるようなものです。一度固まったコンクリートは、二度と整形することができません。

 

このように、ひとたび「心理器官に焼き付けられた生命元素のパターン」というのは、まるで写真で撮られたかのごとく、個人の潜在意識の心理構造を固定化してしまうということです。これは同時に、「人間の運命というものは、ある程度固定化されてしまう」ことを意味しています。

 

 

 

        


 

5) 違う運命を生み出しているのは心理器官だった

 


 

運命を作る源が潜在意識の中にある

 

心理器官も自然の一部であるここで「心理器官」という耳慣れない言葉がでてきましたが、これは運命を決定づける非常に重要な要素となります。ここで私がいう「心理器官」とは、目に見える身体内の特定の部位を指すものではありません。

それは全体として人間の高度な精神作用を作り出しているものであり、私たちが日常的に知覚することのできる世界に存在するものではありません。つまり、この心理器官は目に見えない高次元の微細な身体に実在すると考えられるのです。

 

人間の様々な心理作用というのは経験や記憶、その他の多くの要因によって作られるものです。その意識の中心を成すのがこの心理器官という存在です。人間の高度な精神作用というのは、この心理器官内に形成され、そこから総合的に心という統合された意識が生じます。そして実際に私たちの知覚する世界が生み出されていくのです。

それらが現実の運命を展開させていくのですが、その根本にあるのがこの「心理器官」ということになるでしょう。

 


 

「精神作用」はいったいどこで生じるのか?

 

この高次的な組織を持つと考えられる心理器官については、古代のヨーガ哲学や仏教、他の多くの神秘宗教が何らかの形で示唆してきました。人間の内部には高度で知的、かつ精神的な作用を作り出す高次の心理器官が存在するということは、かなり以前から予見されておりました。それは現代の科学で考えるように、脳の内部に人間の精神作用が存在するということではありません。

この物理的な世界以外にも高次の意識世界が存在しており、人間の精神的な基盤というのは、実はその世界にあるということを主張することでもあるのです。私もこれまでの研究をとおして知り得たところから、こうした説を支持する者です。このような原理を説くには現代科学との大きな矛盾がありますので、その問題について一言触れねばなりません。

 

今ここで出てきたこのテーマというのは、実は歴史的にも大変に大きなテーマであって、古来より常に論争の種であり、そう一概に結論をだせるものではありません。西洋でもデカルトが二元論的な考えを表明しましたが、ただ、運命論を論じる場合、その中核をなすと思われる心理器官の存在についてはどうしても避けて通れない問題なので、ここで私の考えを少し述べたいと思います。

 


 

現代科学との矛盾点についての説明

 

運命はいつか解明される私の考えでは、人間の運命を決める中心的な役割を果たしていると思われるのは、微細な次元にある心理器官であるということです。心理器官というのは目に見えない高次で微細な人間の内界に存在し、心理的・精神的な高度な意識作用を生じさせていると考えられます。

しかし、この考えかたは現代科学との矛盾を生じさせ、多くの人がそのことに疑問を持たれると思います。一般的に私たちの知る現代科学によれば、人間の高等な精神作用というのは脳の内部で起きていると考えられています。

 

脳の内部には複雑な神経組織があり、経験や遺伝などの情報によって、様々な心理作用が生じるというように考えられています。ただ、おそらく古代の聖賢たちは、現代人のこうした説を完全に否定するでしょう。彼らは昔から心というものが胸の内に宿ると考えてきました。

それは特に珍しい考えではありません。歴史的にみても広範囲に、世界共通にみられる普遍的な考え方だとも言えます。現代科学はその考え方を完全に否定していますが、このうちいったいどちらが正しいのでしょうか。現代科学が言うように「心」というものは本当に脳の中にあるのでしょうか。


 

脳は心理作用を生み出す本体ではない

 

ちなみに私は古代の聖賢たちと同様に、その考え方を完全に否定いたします。私の考えでは、人の脳のなかで起きる高度な心理作用というのは、実はそこで生じてくるものではありません。脳の中に「心」を探す解剖学者や生理学者は、永遠にその所在を突き止めることができないと私は考えます。私の考えでは脳の働き、つまりその生理学的作用というのは、あくまで「情報を伝達するための媒介的な作用」にしかすぎません。つまり、そこで心理作用が生じるわけではないということです。

 

では、どこから心理作用が生じてくるかと言いますと、最初の心理作用というのはこれまで述べてきたように、「高次元の微細な心理器官内で起こる」と考えられるのです。そしてそこで発した心理情報が脊椎の神経回路を伝達されて脳内に送られてくるのです。ですから、この肉体にある脳というのはいわば「高度な情報電波を受けて組み立てる受信機」みたいな存在なのです。

要するに放送局とテレビ受信機の関係を考えると理解しやすいと思います。脳という受信機は、潜在意識にある心理器官より送られてくる情報を処理し、身体の各神経に伝達する役目をしているのにすぎないということです。

 

ということは、何らかの事情によって脳細胞が壊れてしまえば、心理器官より伝達されてくる情報を受信できずに、いわば「脳死の状態」になりますが、だからといって精神作用が消滅したというわけではないのです。

 



 

本当のハート(意識)はどこに存在するのか?

 

古代の聖賢たちは、直観的にそうした事実を知っていたと思われます。だからこそ、いわゆる「ハート」の存在というものを大事にしてきたのでしょう。このハートの意味を広義で捉えると、ここで述べているような心理器官に相当するのではないでしょうか。私の考えでは、この心理器官は霊的な次元に属しており、それから身体内にある各神経中枢と、脳のある頭部を連結していると考えております。

この心理器官内で発生した心理作用が脳内に伝達され、脳の中で情報を処理し、その人の意識全体を生じさせているのです。意識という高度な精神作用に至るまで、その全てを物理的な次元で捉えようとするような発想法では、かならず行き詰まりを生じさせるのではないでしょうか。運命分析学ではこうした理論をもとにして、私たちの運命を動かしている法則性を探求しています。霊的なことを詳しく知りたい方は、拙著『霊科学の驚異』を参考にしてください。


〔八島高明・文〕




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