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八島高明の易学講座 
 
易学講座



  〜 易学の謎とその検証 〜


八島高明の易学講座 占い小百科−10


「だまって座ればピタリと当たる」や「当たるも八卦、当たらぬも八卦」などのフレーズがあるように、「易」は長い間、日本人に最も親しまれてきた占いの1つです。科学隆盛の時代においても易占いは衰えを見せず、巷のあちこちに易者がおりますし、また年末にもなりますと書店の店頭には「運勢暦」などが並ぶようです。このコーナーでは易とは何か?その検証をしていきます。




易学講座1





易とは何かを検証する・・・日本人に浸透する易とは

 

易学とは何か「だまって座ればピタリと当たる」や「当たるも八卦、当たらぬも八卦」などのフレーズがあるように、「易」は長い間、日本人に最も親しまれてきた占いの1つでしょうか。

科学隆盛の時代においても易占いは衰えを見せず、巷のあちこちに易者がおりますし、また年末にもなりますと書店の店頭には「運勢暦」などが並びます。

 

それを見ても分かりますように、科学隆盛の時代にある現代においても衰えを見せないのが「易」なのです。さて、易占いはどうして科学全盛の時代にも、その衰えを見せないのでしょうか。

 

その答えの1つとして挙げられるのが、易占いが悩みを持つ人々の問題を解決する手段として認められているからです。現代では、占いなどの類を過去の迷信の産物として一蹴する人もいますが、それでも占いがなくならないのは、占いというものが本質的には科学では解決できない、「人間の心」という分野を扱っているからでしょう。

 

今の世の中、何かと大変便利となりましたが、いつの世においても、人間の悩みというのはなくならないものではないでしょうか。

 



 

乱世を生き抜く知恵として、易が発展する

 

易学の起源歴史的に見ると、「易」は実際に多くの人の悩みに答えてきた経緯があります。特に古代や中世の戦乱時代において、多くの人は「生きるか死ぬか」というような究極の状況に置かれていました。

乱世の時代に宗教がはやるように、古代中国においても、易は宗教のような役割を果たし、それが戦乱の世の心の大きな拠り所になってきたのです。

易の元になっている『易経』を見ても分かりますように、そこに書かれているのは、乱世を行きぬく人間の知恵でしょう。

 

古代中国にはもともと亀卜(きぼく)占いというものがあり、神聖な亀の甲を焼いて裂け目を発生させ、その形をみて占いをしていました。「占」の字もヒビの形「卜」を口で告げるという意味であり、もともと占いの言葉自体そこから出たものです。亀卜は特に黄河中流域に栄えた殷王朝(紀元前16世紀〜)によって盛んに行われ、朝廷の日常行事から王さまの生活にいたるまで、亀卜によって占ったといわれます。

 

これは一種の原始的な呪術信仰とみることができるでしょう。古代において、占いは一つの宗教儀礼でした。占いは単に個人の未来を占うものではなく、国家・王朝の未来を占うものだったのです。しかし、時代が下って呪術的な信仰が薄れてくると、代わりに哲学的な易が信仰されるようになります。

 

つまり、感性的な時代から理性的な時代へと流れが変わったのです。人々の知恵が目覚めてくると、単なる精霊信仰では満足できなくなります。自然の大きなシステムに気づくようになり、生きるとは何か、自然とは何かを考えるようになります。そうした古代人の哲学的知性の目覚めが、「易」というものに結晶化されているのです。





 

 

 易の原理とは

 

易の原理では、まず始めに「太極」という根本的な宇宙原理を考えます。宇宙の始まりには陰と陽の分裂、対立は無く、もともと二つは一つであった。二つが混沌として混ざり合い、宇宙には何もなかった。しかし、悠久の時間がたつと陰、陽に分裂し、もともと違う性質だけに反発・対立して展開していく。

それがさらに分裂し、四象(四季のようなもの)を生み出す。四象はさらに分裂し、八卦を生み出す。八卦はさらに六十四卦に分裂する。本来はさらに分裂を重ねていくのですが、これ以上増やすと解釈が難しくなるので、きりのよい64でまとめたのでしょう。

 




〔易の展開〕

 



太極→陰陽→四象→八卦→六十四卦 

 

 


易思想は、数ある中国思想でもとりわけ重要視されてきました。特に儒教や道教においても重要な地位を与えられ、思想的にも大きな影響を及ぼしてきましたようです。前漢の時代(紀元前202−)に入ると易学はさらに隆盛をみせ、儒家の経典のなかでも首位に置かれ、さまざまな易説が講じられたといいます。南宋の朱子(朱熹1130〜1200)は、この哲学的な思想を体系付けました。


 



〔易の考え方・・八卦の思想〕

 


易では万物を展開させる要素として、存在を六十四のパターンに分けて考えます。その多くは自然現象をもとにして発想を得たものです。八卦には次のような意味があります。

 

・・・天を象徴する。人間では父親、性質は剛健、方位は西北。


・・・沢を象徴する。人間では少女、性質は悦ぶ、方位は西。


・・・火を象徴する。人間では中女、性質は付着、方位は南。


・・・雷を象徴する。人間では長男、性質は動く、方位は東。


・・・風を象徴する。人間では長女。性質は入る。方位は東南。


・・・水を象徴する。人間では中男。性質は陥る。方位は北。


・・・山を象徴する。人間では少男。性質は止まる。方位は東北。


・・・地を象徴する。人間では母親。性質は柔軟。方位は西南。


 

易学では、この八卦を根本思想として、これから様々な意味を展開していきます。占いに使う場合は、八卦を二つずつ重ね合わせてつくった六十四卦で判断します。現代流にいえば64のパターンに分類された、深遠なメッセージというところでしょう。易を信奉する人々は、このシンボルパターンをいざというときの処世の依り所としたのです。自然を愛好する中国人らしさがそこに表現されているのではないでしょうか。



 

 

易占いの方法

 


易の実際の使用は「筮竹」(ぜいちく)などを用い、問題ごとの真意を占うものです。筮竹が無ければ自分で代用をつくるか、あるいはコイン占いでも占い可能です。

 

ただ、易占いにはタブーがあり、以下のことをやってはいけないとされています。

 

 同じことを何度も占ってはいけない。易で何かを質問し、何らかの答えを得ます。もし、その答えが自分の気に入らない場合、再度占おうする人がいます。これはタブーです。やってはいけません。なぜなら、それは易の答えを無視し、自分の気に入った答えを導き出そうという行為だからです。自分の気に入った考えを出すためなら、そもそも易にたずねる必要はありません。

 

 不正なことを占ってはいけない。他人を利用しようとか、悪事を実行しようとか、そういうことに使ってはいけません。たとえ使ったとしても、正しい答えを得ることはできないでしょう。易に答える易神(つまり超自我)は、悪事には一切加担させないでしょう。したがってわざと不利な答えを出すことも考えられます。


 

 

易占いの方法易占いをする前に、自分で何も考えずに安直に易占いに頼ると、その答えがあやふやになることが多いのも事実です。
 簡単なことでも易にたずねるのは、簡単に親に甘えるようなもの。「いい年して自分でこれくらい考えなさい」と厳しい声が、超自我から聞こえてくるかもしれません。

 

まずは占いをする前に、自分で答えを出すように心がけましょう。どうしてもわからない、判断できないことを易占いにたずねればよいでしょう。

易占いの本式は「本筮法」といい、とても時間のかかる方法があります。しかし、忙しい現代人にとてもできるものではありません。その代わりに使われているのが「略筮法」です。ほとんどはこの方法が占いに使用されています。


 

〔略筮法〕

まず、50本の筮竹を左で握る。その中から1本取る。これを太極といい、太極は根源であるから変化しない、したがって占いには使用しないので除くいておく。残りの49本をもち、占うことを強く念じながらぴしっと両手にわける。左手のものを天策、右手のものを地策といい、地策を下におく。その中から1本だけ取り、左手の小指と薬指の間にはさむ。これを人策という。

左手の天策を8本ずつ数えていき、その余りに、先にはさきにはさんだ1本を加える。それが下卦となる。1本だと乾、3本だと離となる。以下参照。

 

1本・・・乾

2本・・・兌

3本・・・離

4本・・・震

5本・・・巽

6本・・・坎

7本・・・艮

8本・・・坤

 



1回目は下卦を出し、これを2回繰り返すと上卦がでる。つまり、2回で2の6乗=六十四卦がでて、判断が64パターンのどれかに当てはまる。これをコインで代用する場合は、コインを投げて裏表を書いていく。8回投げると裏表が8回分そろうので、64のパターンが出てくる。どれも考え方は同じです。要は占い道具ではなく、判断そのものは易神(超自我)が行っているので、基本的にはどのようなやり方でもよいのです。ただ、コイン投げはコインの回転数をコントロールするのが難しいかもしれませんが・・・。

 

 


〔六十四卦の解釈一例〕

 


乾為天・・・陽が6つ、陽の極み。最も強い状態だが、転じて衰えのはじまりでもある。

坤為地・・・陰が6つ。陰の極み。従順に消極を守ることで、柔よく剛を制する。

水雷屯・・・陰陽陰 陰陰陽 苦難のとき。まだ十分に伸びられない。無理に動くと凶。

山水蒙・・・陽陰陰 陰陽陰 無知な状態である。正しい教えを必要としている。

水天需・・・陰陽陰 陽3つ 待つこと。人生にはいつかチャンスが来る。隠忍自重が吉。

天水訟・・・陽3つ 陰陽陰 争いは避けよ。最後まで戦うは凶。

地水師・・・陰3つ 陰陽陰 戦い起こすには準備をせよ。正しい戦いであれば勝利する。

水地比・・・陰陽陰 陰3つ 親愛の情が大切である。親愛をもてば吉となる。

 


風天小畜・・・陽陽陰 陽3つ はやりたつ心を抑えよ。短気はろくなことがない。

天沢履・・・・陽3つ 陰陽陽 突進すれば失敗する。慎重に進めば目的を達成する。

地天泰・・・・陰3つ 陽3つ もっとも理想的な形で自然な状態。天地自然である。

天地否・・・・陽3つ 陰3つ 閉塞的な状況。八方塞。行き違いでうまくいかない。

天火同人・・・陽3つ 陽陰陽 外に出てよい友をつくれば、人生はうまくいく。

火天大有・・・陽陰陽 陽3つ 順風満帆。何をやってもよい状況。積極的に活動せよ。

地山謙・・・・陰3つ 陽陰陰 謙譲が大切。へりくだってこそ徳が身につく。

風水渙・・・・陽陽陰 陰陽陰 停滞を吹き飛ばし、新しい出発の時期。だが反発者も。

水沢節・・・・陰陽陰 陰陽陽 節度を守ることが肝心。誘惑を退ける節度が大事。

 

 


64パターンの内容を見てみますと、易の思想は非常に実践的でもあり、また行動的に使えるように構成されていることが分かります。そうした内容からも、これが古代の乱世などを生き抜く神秘の知恵として、または処生の術として利用されてきたことは想像にかたくありません。

 

『易経』の内容は、古代から中世の時代背景をもちますので、かなり政治的な面に傾斜しているのは事実ですが、現代のようなビジネス全盛の時代には、それがかえって使いやすいのかもしれません。

 

 

 

西洋のタロットと易の比較

 

占いとしての易と、西洋の「タロット」を比べて合わせてみるのも面白いでしょう。この二つはともに、「霊感的なもの=超自我」を使って判断をするという点では、同様なシステムといえます。

 

たとえば、「易」は内在する直感力(超自我の力)を使って、64卦の中から自分に必要な助言を求めます。また「タロット」は簡易的には0〜21の「大アルカナ」というカードを使って、直感(これも超自我)でカードを選択して、その意味を読み取ります。この二つはともに「超自我の力を借りる」という点で、同じ類の占いといえるでしょう。


 

 

易とタロットの違いとは

 

易学とタロットしかし、同じような占いシステムを使いながらも、それぞれに異なる特殊性があるようです。

たとえば、西洋の「タロット」は、主にかバラ的な古代ヘブライの神秘思想から構成されており、そこに「易」のような処生術、政治的、倫理的理念などはまったく存在していないようです。

「タロット」で扱うのは、主に個人と神の関係性、あるいはそれに属する世界とのかかわりです。その内容といえば、ほとんどが「個人の心理世界」なのです。

 

 これに対照して「易」が扱うのは、政治的、社会的世界においての個人の役割です。易はもともと王朝に使えていた官僚的な知識人たちによってつくられたもの。ですから、その内容はいかに人間関係を良くするか、問題が発生するときはどのように対処すればよいのか、というような政治的な処世術なのです。

 

そこにタロットのような神や個人の心理世界などは存在しないのです。また、タロットにあるような神秘思想もありません。易は哲学であり、処世術であり、政治学なのです。この二つの占断システムは、「内在する神に判断を仰ぐ」という点では、まったく同じ占断システムといえますが、それぞれに得意・不得意があるようです。


 

 

易とタロットのどちらを使うべきか

 

そうしたことから、個人のことを占うには、たとえば「恋愛や個人の悩み事、自分の将来のことなど」を占うには「タロット」のほうが向いているようにも思えますし、政治的なことやビジネスに関する社会的なことであれば、「易」のほうが向いているように思えるのです。しかし要は、自分が使いやすいほうを選ぶのが、最もベストではありますが・・・。


 

 


 

易学講座2

 




 

易の歴史とは・・・易の意味を探る

 

 

『易経』の易という字は、元々トカゲを側面から見た「象形文字」といわれています。ある種のトカゲが常に体色を変化させるところから、この易という字が使われたのですが、それは主に「変化していくもの」を表しているのです。易には元来、「連山易」「帰蔵易」「周易」の三種の易があったといわれますが、現存しているのはおなじみの「周易」のみです。

 

この「周易」は最初、運勢を判断する言葉を集めただけのものでしたが、徐々に哲学的な解釈や理論が整備されて、徐々に神聖化されていきます。単なる占い書の域を超え、哲学書、倫理書の意味合いもかねるようになります。



 

 

易思想の進展

 

易学思想の進展
それ以前の占いは、動物の骨などを焼いて神意を受けとる霊感的な占い(亀卜)が盛んでしたが、時代が進むに連れて学問や法が整備され、さらに人為的な空気が強まり、徐々に古代の神託の世界を離れていきます。

「周易」の成立は、そうした時代と相まって成されてきたことから、問題の解決を神や心霊などに頼るのではなく、自らの「内なる神意」に求め始めたのです。
 

 

さらに時代が進むと、易は単なる占いの世界のみではなく、宇宙(天地)創造の原理として神聖化され、宇宙の理法を体現したものとしてあがめられていきます。

宇宙創造の始めに「太極」があり、次いでそれが「陰陽」に分かれ、それがさらに「四象」「八卦」「六十四掛」と分化していく様は、現代科学で言うところの「ビッグバン」を思わせるような概念でもあるでしょう。

 

科学概念のほとんど存在しなかった当時の時代において、これは特質すべき発見であったのかもしれません。後世になると、八卦の中にも「方位」や「動物」「身体の部位」など、様々な象意が付加されていき、易は1つの哲学思想として、また実践倫理哲学としての体制を整えていきます。

 

時代的にみると易の思想は春秋戦国時代(紀元前8世紀ー紀元前3世紀)に本格的にはじまり、漢の時代(紀元前3世紀―後3世紀)ごろに、かなりまとまった完成を見ました。この時代は時代の大きな変革期であり、不安定な時代にあって、確実に信頼できるような宗教的なバックボーンが必要とされた時代でした。


 

易の思想がこうした時代に発展したことは、易が人々の様々な要求にに応えてきたことの証でもあるでしょう。古代の呪術信仰が薄れるにつれ、新たな時代にふさわしい信仰の基盤が必要とされたのです。易はこうした時代の要請を受けて発展し、理論を整備し、さらに実践的な装いも身につけて高い地位を確立してきたのです。漢代に一応の確立をみた易は、唐代から宋代にかけてますます発展していきます。

 

宋代(960−1279)に入ると、新儒学が台頭し始めます。南宋の朱熹(朱子1130−1200)はこれまでの易を見直し、新たな易学として大成します。それは、これまで道教や仏教などに押されがちであった儒教の思想面を全面改訂し、新たにする必要があったのでしょうか。呪術としてスタートした易も、この時期に、ついには理気二元論として完成するのです。


 

 

 

処生の術としての易

 

 

易の内容は極めて実践的であり、政治や行政において、1つの処生術として実際に重宝されてきました。その実践性から現代においても利用され、様々な方面にその思想パターンが受け継がれてきたようです。そうした歴史的な流れから見ても、東洋においての易は非常に重要な役割を果たしてきた、と言えるのではないでしょうか。




 

 

 

 

易学講座 - 検証




 

 

易とタロットの共通原理−直感占い

 

 

易学とタロットの共通原理易とタロットの共通点、それらはどちらも、「それを使用する占者の直感力」が非常に重要になるのです。

もし、生まれつき感受性の鈍い、あるいは直感力の弱いタイプの人が、易やタロットのような占断システムを使っても、全然脈略のない結果が出てきて、問題ごとの正確な判断はできないかもしれません。

しかし反対に、生まれつき直感の鋭い繊細な人であれば、易やタロットを使うと、すぐにでも正確な判断が出せるかもしれません。

 

東洋の易も西洋のタロットも、基本的には「内なる心、超自我との交流」でありますから、その意識の交流回路がきちんと確立されているかどうかが、当たるか当たらないかの分かれ目となるのです。

そして、その意識の回路がきちんと確立されていれば、易とタロットのどちらを選択しても、問題ごとに対する答えは、結果的には似たような答えが出るはずです。

 

もし、個人的な占いの場合でれば、細かい判断のできるタロットのほうが有利といえるようです。

タロットは易とは成立過程がまったく異なり、西洋の神秘哲学を背景とした、主として「個人の無意識世界」を扱っているからです。たとえば恋愛的な占いや病気の判断、あるいは無くし物を探す場合などは、タロットのほうが具体的で明快な解答を期待できるでしょう。

 

しかし、ビジネス的なことや政治などの実践的な判断を仰ぐ場合は、易の方が深みのある具体的な解答を得やすいでしょう。それは易が東洋の古代や中世の政治思想の中で醸成されてきた経緯を考えれば理解できることです。六十四卦の象意も、実際にその内容を見れば分かるように、かなり政治性を含んでおり、深い含蓄のある言葉が羅列されています。ですから、この二つのシステムを扱う場合は、その問いかけの内容に応じて、適宜使い分けるというのも一つの手段ではないでしょうか。

 

いずれを使うにせよ、最終的この「直感力を使用する占いシステム」を有効にするには、まずは「内なる心の声」を正確に聞き、さらに日頃の雑念を払って自我を清らかに保ち、最終的には「意識の情報回路を内なる自己と同調させる」、ということに尽きるのではないでしょうか。実際に、気の迷いの多いときは判断もあやふやなものになりますし、気の充実しているときは判断も正確なのです。

 

興味のある方は、多くの書籍が出回っていますので、自分で実際に挑戦してみるのも良いでしょう。

 

 

 

 

 

 

〔八島高明・文〕




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  オフィスファルの「占いと運命の科学」より 






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