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無神論とは何か、そのいきつく運命とは

世の中には、「神も仏も存在しない」 と主張する人々がいます。こうした主張を 「無神論」 といいますが、どうして彼らは神も仏も信じないのでしょうか。無神論者の運命とは、いったいどのようなものでしょうか。無神論の謎に迫ります。



無神論の若者が訪ねてきた!


「私は神も仏も信じません。これらは人間の弱い心が生み出したものにすぎません」

無神論の若者が訪ねてくる彼の唐突で過激な発言に私も驚いたものです。以前、訪ねてきたある男性は、いきなりそう言いました。30代くらいの若者で端正な顔立ちをしています。髪には白髪がちらほらと混ざっていますが、きれいにまとまったスタイルがどこか上品さを感じさせました。知人の紹介で私のところに立ち寄ったようです。

「信仰は、もちろん強制されるものではありません。神を信じるも信じないもあなたの自由です。ところであなたは何を知りたいのですか・・・」

彼はいったい何をしに来たのでしょうか。彼のような無神論者であれば、当然、自分の運命でさえ信じていないのは明らかです。そんな彼が、なぜ私のところを訪ねてきたのでしょうか。

「いや、僕も自分の運命を知りたいと思いまして・・・・・。知人にここのことを聞いたものですから」

彼の言うことがどこまで本当かはわかりません。しかし、訪ねてくれた方を邪けんに扱うわけにもいきません。どこか気乗りしないもの、彼の資料を読んでいきました。まず、彼の心理構造をみます。いったい彼の心理構造はどうなっているのでしょうか。個人的にも興味がわいてきました。彼の心理構造をみると、一見して非常に自我意識が強いことがわかります。

また、その自我を吐き出すように、強い感情機能が作用していました。やはり、少し風変わりな心理構造といえるでしょう。このような強烈な構造であれば、彼が無神論者になるのもわかる気がします。

「あなたには、とても強い運命があります。それは何ものにもなびかない、強固な意志を表しています。それがあなたの否定的な考え方を生み出し、その心があなたの運命を形作っているようです」

彼の心の中には強烈な反骨精神が宿っていました。世の中のあらゆる権威を否定し、それに従属しないで生きることを彼は望んでいました。それは強烈な自我が生み出す産物です。彼の心の中には自意識のエネルギーが集中しており、それが強烈な個性を存続させていることを彼の心理構造は告げていました。

さらに強烈な自我意識を補佐するように、強い感情機能がそれを助けています。感情とは基本的に自我を表現する機能であり、自分の意思を相手に伝達するものです。ところが彼の場合は少し違っていました。彼の感情機能は強烈な自我意識と深く結び付くことによって、より強い力を持ち、バランスのいびつな表現力を獲得していたのです。それまで見たことのない、希有な心理構造が彼の運命を支配していました。彼にそれを説明すると、しばし沈黙のあと彼は言いました。

「なるほど、わかるような気がします。でも少し違います。私は世の中の権威に反発しているわけではなく、ただ、そうしたものに縛られたくないだけなのです。押し着せられた考え方を否定しているのです」



無神論者が抱える重大な矛盾とは?


彼の言うことには一理あります。たしかに押し付けられた権威ほど、嫌なものはありません。自由はすべての人間に与えられた権利であり、誰でもそれを侵害する権利はないのです。彼の生き方は孤高の哲人、クリシュナムルティーを思わせるものでした。一切の権威の否定、それは完全なる自由を意味します。

無神論者が抱える重大な矛盾とは?ただ、そこには矛盾的な要素が出てくるのも事実なのです。権威を否定するには、それを否定するための意思が働かねばなりません。つまり、権威づけられたものをはね返すための、別の力が必要になるのです。言いかえれば、「権威づけられたものを否定する権威」 が必要になってくるのです。これは必ずしも言葉の矛盾を突いているのではありません。すべての観念を否定するというのは、生易しいものではないのです。

権威を否定するには、それと闘う莫大なエネルギーがいります。つまり、彼のように強烈な自我意識をもつ心理構造がなければ、それを為し得ないのです。実際に彼の心理構造はかなり強烈なものでした。彼の意識は世の中の決めごとに反発することに、そのすべてが向けられていたのです。彼の意思が素直に向けられた対象、それは「自分自身への信頼」ではなかったのでしょうか。

すべての権威を否定するには、その是非を判断する何らかの基準があるはずです。それを世の中のものに委ねないとすれば、その判断基準は 「自分の中にしか存在しない」 ということになるでしょう。彼が世の中の権威を否定すればするほど、自分自身を信じなければならない、そうした矛盾の構図の中に陥っていくことに、彼はまったく気づいていませんでした。

「あなたは世の中に縛られたくない、という考え方そのものに縛られています。もう少し素直に生きてみたらどうでしょうか。もっと楽になると思いますよ」

私は率直な気持ちを言いました。彼は渋い顔をして聞いていましたが、ぼそっと言いました。

「では、どのように生きれば良いのですか?」

ここで生き方じたいを説いても、まったく無駄になるでしょう。彼の心理構造はすぐには変えられないからです。それは長年の思考の産物であり、これまでの彼の人生を支配してきたものです。それを一朝一夕で変えるのは誰であっても不可能でしょう。彼のような人に、いったいどのようにして運命の世界を説明すればよいのでしょうか。非常に難しい局面でした。

「あなたの生き方はあなた自身でしか決められません。ただ私が言えることは、あなたは自分自身の中で何かの価値を作り出さずに、それを否定もせず肯定もせずに眺める、という生き方に徹するべきだと考えます」



無神論の行きつく先は、死に至る病だ!


彼のこれまでの考え方は、まず 「最初に否定ありき」 という態度に基づいています。それは一見すると、否定しているようであっても、それを否定している自分自身を肯定しているわけです。彼は神も仏も信じないと言いました。しかし彼は、それを判断している自分自身の考え方、その在り方を信じているわけです。つまり、神の存在に代わって、彼自身が「神」と化しているのです。

無神論の行きつく先とはところが、彼はその自分自身を信じる明確な根拠を持ちません。それは外の権威を信じないことと同じことなのです。ですからそうした論理でいえば、本当は自分自身でさえも信じることができない、と考えるのが筋なのです。否定に徹するという頑固な態度を貫けば、最終的には自らの存在さえも否定しなければなりません。無神論者の行きつく先、それは 「自己否定の果ての死」 そこにたどり着かざるを得ないのです。

「運命とは、あなた自身の心が創造していくものです。あなたは周囲の存在を否定することによって、自分の運命を狭めています。それは狭量な心を作り出し、生き方をぎこちないものにしています。その重すぎる荷を下して、あなたはもっと楽になるべきでしょう」

実際に彼は狭量な心で人間関係を冷たいものにしていました。親や兄弟からも信頼されずに、苦しい立場を余儀なくされていました。また仕事でも同僚とそりが合わずに苦労していたようです。これは彼の冷たく重い心が作り出していった運命なのです。冷徹な生き方を通そうとすればするほど、周囲の人は彼から離れていきました。どうして彼はこのような運命に陥ったのでしょうか。

誰でも最初からこのような運命であるはずがありません。彼の過去に何か、そうした原因になるものがあったのではないでしょうか。その原因を探るために、彼の深層心理の状態を見ていきました。すると、彼の深層心理の中に、「自分を守ろうとする強い感情」 があることがわかりました。それは彼が過去において、誰かに迫害を受けていたことを意味しています。彼は誰かに迫害されたために、自分を守ろうという意識を強くしていったのでしょうか。

感情とは不思議なものです。感情機能は自らの生命を維持するための、そうしたシステムを有しています。外部から何か迫害を受けると、意識を内側に集中させ、自分を守ることに徹するように働くのです。全精力をそこに集中することによって、自らが生存するための身体的な状況、心理的な状況を作り出していくのです。それが彼を無神論にした本当の原因だったのでしょう。

彼は一切の権威を否定することで、自分自身の価値を信じました。でもそれによって彼はどこかにいびつな心を作り出していったのかもしれません。人に背を向けることによって、周囲の人は彼から離れていったのです。それが彼の現在の運命を作り出していました。



無神論はいかにして克服できるのか?


彼は自分のこうした深層心理をまったく知りません。世の中に反抗し続けることで、自らの心のトラウマを解消していたのでしょうか。潜在意識というものは本当に不思議なものです。それは心の均衡を保つシステムを宿しているのではないでしょうか。彼のような運命をみるとき、そうしたシステムがあることを実感するのです。

「誰でも悪い運命を避けることはできません。しかし、それに負けてしまってはいけないのです。運命の逆境に打ち勝つことも、人間に課せられた宿命なのです」

無神論はいかにして克服されるか?運命が何かの拍子で狂ってしまうことがあります。身に覚えのない事件や事故、こうした運命的な逆境を完全に避けることはできません。それは人として生まれた宿命なのです。でも自らも過ちを犯す以上、他人の過ちも許さねばならないのです。人はこうした逆境的な環境に身を置いて、人間関係の大切さを学んでいくのです。生死のシステムはこうした学びを真剣なものにしていきます。

ときにはそのシステムが、非常に苦しい運命を生み出すこともあるでしょう。でも人はそうした運命を乗り越えて、大きく成長していかねばならない存在なのです。私は彼にそうした運命世界で生きる人間の宿命を説きました。彼は相変わらずの態度で聞いていましたが、心のどこかにその話を残しているはずです。いかに彼が反抗しても、彼はこの運命世界で生き続けねばならないのです。

運命の世界は、彼がその世界に真剣に向き合うように動いていくでしょう。そして彼の深層心理は、その運命の行く末を知っているはずであり、いつの日か彼は自分の本当の心を知ることでしょう。

「私は運命を恐れません。ただ生きていくだけ、それだけです」

彼は最後にそう言いました。たしかに彼は強く生きていくでしょう。それは彼に与えられた宿命であり、自らが選択した運命でもあるのです。すべては学びの機会ですから、彼のような生き方にも大事な価値があるのでしょう。運命の世界とは、こうした人間の生き方をすべて収れんして、それを命あるものにしていくプロセスでもあるのですから。






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